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「ワンステップ」の再現をあきらめたわけじゃない。でも、今の福島には、もっと重要な課題がある。だから今は、今なすべきことに全力。そして必ず福島に集おう。福島を、世界の人々の集う広場にしよう。
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東日本大震災と福島第一原発事故の年、戦後66年の原爆の日と終戦の日によせて 人と動物のための平和宣言
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東日本大震災と
福島第一原発事故の年、
戦後66年の
原爆の日と終戦の日によせて
-人と動物のための平和宣言-


 かつて、この国には戦争がありました。その中で、多数の動物の命も失われました。

 1939年5月、日中戦争のさなか、第一回目の「全国動物園長会議」が開催されました。これは後に、現在の「日本動物園水族館協会」発展していく組織ですが、なぜ戦時下にこのような会議が開かれたのでしょうか。それは空襲時の猛獣脱走対策を検討するためでした。その後、東山動物園において、防空演習の一環としての殺処分訓練が実施されています。

 さらに日米開戦の危機が迫っていた1941年7月には、上野動物園が陸軍東部軍司令部に対して「動物園非常処置要綱」を提出。空襲時には危険度の高い動物から順次薬殺、緊急の場合は銃殺するという殺処分方針を提示し、そのための準備が進められていきました。

 実際に動物園における戦時猛獣処分が開始されたのは1943年。やはり上野動物園でのことでした。8月11日にゾウ1頭。続く16日には全猛獣の殺処分命令が下され、14種27頭の動物達が毒殺され、あるいは餓死に追いやられました。さらに東京では井の頭自然文化園でもクマ2頭が殺されています。この一連の殺処分命令を発したのは軍当局ではなく、現在の都知事にあたる役職の大達茂雄・初代東京都長官。東京市と東京府が廃止され東京都が設置された直後の出来事でした。東京都の歴史は、まさに動物の虐殺からスタートしたと言っても過言ではありません。

 動物園以外で飼養されていた動物も例外ではなく、同年10月には警視庁の命令により、サーカスで飼養されていたライオン52頭などが殺されています。翌1944年からは全国の動物園で本格的な戦時猛獣処分が開始され、おびただしい数の命が奪われていきました。

 ここで私達が注目しなければならないことは、この殺戮の多くが軍の命令ではなく、警察や地方自治体などからの命令、あるいは現在の消防団にあたる当時の警防団などからの要請によって行われていたという事実です。たしかに背景には、軍の方針がありました。それは疑いようのない事実です。しかし直接的にそれを行わせたのは文民の政治機構や民間組織。軍だけではなく、日本中が「戦争という非常時なら動物は殺して当たり前」と考えていた時代だったのです。

 戦争は、犬や猫に対する殺戮も加速させました。上野で戦時猛獣処分が開始されたのと同じ年の秋頃から、「犬猫も立派にお国の役に立ちます。進んで納めましょう」といった呼び掛けが行われ、殺して毛皮にして軍服の防寒用に供出しようとする運動が広がっていきました。

 ある地域では警察署がこれを呼び掛け、人々は警察官に動物を引き渡しました。またある地域では町内会がこれを呼び掛け、動物を連れて行ってみると、そこには撲殺された動物の死骸が累々と積み上げられていたという体験談も伝えられています。

 これも背景に軍の方針があったとはいえ、実際に行ったのは文民でした。これが戦争という時代。国全体が「今は非常時なのだから動物は殺して当たり前」と考えていた時代だったのです。

 戦後66年を迎えた今年、日本は再び未曾有の非常事態に襲われました。東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所における深刻な事故です。この非常事態に再び「動物は殺して当たり前」という考え方が行政機構を支配しています。

 原発20キロ圏内では、犬だけでも約5,800頭の登録がありました。猫もそれとほぼ同数か、それ以上の飼養があったと推定されます。そのほか、きっとフェレットもいたでしょう。ウサギもいたでしょう。金魚もコイも熱帯魚も、インコもジュウシマツもいたはずです。いえ、もっとたくさんの、それは様々な動物達がいたはずです。しかしそれらのほとんどが、人の避難にあたって置き去りにされてしまいました。

 さらに、同圏内では乳用牛870頭、肉用牛2,500頭、豚3万頭、鶏63万羽、その他多数の畜産動物も飼養されていましたが、それらもみな置き去りにされました。

 この緊急事態を受けて、全国の様々な動物愛護団体が福島に乗り込み、それらの動物達の救出に全力をあげました。この点は戦時中と違います。民間人は、どんな非常時であっても、いや非常の事態だからこそ、何としても命を救うんだと立ち上がったのでした。

 しかし政府・行政は、民間が懸命の救出活動を行っているさなか、同圏内を「警戒区域」という名の封鎖区域にすること決定。命の救出活動を無視して民間人の立ち入りを一方的に禁じ、取り残された動物達を孤立状態に追い込みました。結果、多数の動物達が、60有余年前の戦時猛獣処分と同じ「餓死」という方法で殺されてしまったのでした。

 政府・自治体の「非常事態に動物は殺して当たり前」という戦時中そのままの意識によって、原発20キロ圏内はまさに地獄と化しました。

 しかも家畜に関してはその後、政府による殺処分の方針が示され、次々と殺戮されて現在に至っています。動物を放置しておけば人家などの財産を侵す恐れがある。だから殺す。政治の過ちによって引き起こされた事態の責任を動物に押しつけ、殺して決着を図ろうとする。まさに戦時猛獣処分と同じ考え方が、ここでも政府・行政を支配しています。

 戦争は遠い過去の話ではありません。今まさに動物達は、60有余年前の戦時下と同じ「非常事態には殺して当たり前」という政治のもとにおかれ、その命を絶たれ続けているのです。この戦時下と同じ異常な事態。これこそが今この国を襲っている「非常事態」の本質です。

 私たちは政府の過ちを強く正し、この「非常事態」を早期に終息させなければなりません。ここから、本当の平和を作り上げていきましょう。動物を含めたあらゆる命が尊重され、全ての命が生まれながらにして生きる権利を持っていると認識される社会を作り上げることが出来れば、人類は当然、戦争などという手段は選ばなくなります。平時においてはもちろん、非常時ならばなおさら、あらゆる命の尊さを深く認識し、それを守ることを第一とする価値観を確立していくこと。これが、人類を含めた地球全体の恒久平和を築く礎となるのです。

 そのための第一歩が、今現在警戒区域に取り残されたままとなっている動物達の早期全頭救出です。

-政府は警戒区域における家畜の殺害と、警戒区域を理由とした動物救出活動への妨害をただちに停止せよ。
-政府は生命の尊重に基づき真剣に活動する民間団体に信頼を置き、その警戒区域内における活動を全面的に支援せよ。
-政府は、あらゆる命の救出を最優先とする政策に転換せよ。

 そして私たち命を尊ぶ者はここに決意します。恒久の平和を念願し、命あるもの相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚し、命と平和を愛する全ての人々の力を合わせて、あらゆる命の安全と生存が保持される社会を築いていくことを。

 私たち命を尊ぶ者はさらに決意します。動物を含めたあらゆる命を、専制と隷従、圧迫と偏狭から解き放ち、あらゆる命がひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する世界を必ずや築いていくことを。

 これが、東日本大震災と福島第一原発事故の年、戦後66年の原爆の日と終戦の日にあたって私たちが掲げる「人と動物のための平和宣言」です。


以上


2011年8月  日
命を尊ぶ全ての日本国主権者と連帯して

住所
氏名      (印)

----

私はこれを政府に対する宣言文として、首相官邸宛てに送付します。

上記「宣言」が皆さんの思いに通じたなら、皆さんもぜひこれと同じ物を印刷して、あなたの名前で官邸に送り付けてください。

私は広島原爆の日に合わせて8月6日の日付で提出しますが、終戦の日を含む今月いっぱいのうちにお出しいただければ、それなりのインパクトをもって受けとめてもらえると思います。

この宣言が何万通と官邸に集中されれば、頑なな政府も意識を変えてくれるかもしれません。

そんなこと有り得ないって?

たとえ有り得なくても、私たちの意思は示そうじゃありませんか!!

なお、例によって上記宣言文は、趣旨に賛同する目的である限り、転載・複製・再配布自由。事前も事後もご連絡等は一切不要です。ご自由にお使いください。というか、使ってください。お願いします。

◆送付先
  • 〒100-8968
    東京都千代田区永田町2丁目3番1号 総理大臣官邸
    内閣総理大臣 菅直人 殿
  • FAX 03-3581-3883

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

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Author:アッサム山中
かつては東京にいて、ブルースバンドでギターを弾いていた。今は新潟の山の中に住んで、静かにアコギを弾いている。電気は来てるんだけどねw

@assam_yamanaka
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Introduction
震災復興を目指して福島県で開かれた伝説の巨大ロックフェス「ワンステップフェスティバルを再現しようぜ」と呼びかけてきたこのブログですが、今こうした計画を進める事は、原発惨事の規模や被ばくの危険を過小に装う政治の不正に手を貸し、命すら危険にさらしかねません。そこでいったんブログ名を変更、引き続き復興支援に努めつつ、改めてフェス開催の目標に向かって進んで参りたいと思います。よろしくお願いいたします。
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